ちょっと前に見たバラエティ番組の中で
東大に通う女子大生がインタビューを受けていて
インスタをやらない理由をハイデガーの概念で説明していたんです
道具的存在として機能している現存在をなんで物体に戻すのか的な、、
自分の存在や生活(道具)が、他者に見せるための対象(物体)になっちゃうってことか
生きることより見せることに重心が移っちゃうのイヤって感じ?
深い深すぎる
そんなわけで、ずっと気になっていたのです
それとは関係なく
茅野市にある1862年に作られたという廻り舞台のことを調べていて
この廻り舞台は今でも、地域住民によって保守管理されていて
地域の子どもたちが演技や劇を披露したりする、地域に根差した舞台なんです
で、ネットで情報収集していて、こちらが探したい建造物の画像が全然出てこなくて
舞台の上で一生懸命頑張っている子どもたちの画像ばっかり出てくるんですよね
(もしお時間あったら、「茅野市泉野 廻り舞台」を画像検索してみてください)
↓これが、163年もの長い時間 この地にずっとある廻り舞台
人力で舞台が今でもちゃんと回るんですよ!すごい!
ネットで画像検索すると
子どもたちが演技してる画像ばかりが出てくる現象に
あ、これがハイデガーかも?!と思ったんです
ハイデガーが言うには
「私たちが道具を使っているときは、道具を意識しない」
つまり、「廻り舞台=道具」
道具よりもみんな演劇してる子供達に注目しちゃう
だからネットに全然舞台の画像が上がってないのでは?!
ってことかも?
しかし、、この廻り舞台は市の有形文化財に指定されていて
今となっては、廻り舞台が主役なのにー!
(と、地域外のわたしはヤキモキしちゃうw)
「廻り舞台=物体」と認識されないから
その建造物自身に視点を向けないのかもな、、
なんてことを思いました
さて、わたしが家を建てるときに一番先に決定していた照明
というか、この照明を付けたくて
夏暑く冬寒いと言う
苦行を強いられる間取りになったと言っても過言ではない(笑)
この照明↓
これは、「道具」なのか「物体」なのか
「道具」なんだけどわたしにとっては、「物体」的な存在でもあるんですよね
むむむ
この暑い寒いの試練を与える間取りになった原因の照明は
ジャスパーモリソンのグローボール Flosです
ハイデガー先生にもっと色々聞いてみたい
こういうときに、便利な100分de名著!